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残されぬ「虎の巻」(1)

 秋田犬をお迎えいただいた皆さんに課題点やお悩みなどが生じた際、適切なアドバイスをさせていただいていると自負する当クラブは、秋田犬に限らず犬全体について有意義な知識が得られるテレビ番組や犬の本などにも努めて目を通すようにしている。

 このうち犬の躾について書かれた本は、いずれも然るべき立場の方が執筆しているのだろうが、犬種を特定せず「犬」を一括りにして躾や管理法などを記した解説書的な書籍が圧倒的に多い。犬種を特定した専門書は、ニーズの高さに反比例してごく少数といえよう。

 犬は、犬種によってその特性が異なる。秋田犬には秋田犬だけの特性がある。そうした意味では、種々雑多な犬種を一括りにした書籍は、おおむね平均的なことを解説していることになり、個々の犬に特定できない分、限界がある。

 例えば散歩について。ある書籍では、散歩の時間は不規則にするよう奨めている。また、別の書籍も、毎日決まった時間に行わなくても良い、という趣旨の内容で書かれている。つまり、飼い主が出かけたい時に散歩をすればそれで十分である、と。散歩の時間を特定してしまうと、その時刻が近づいてくると吠えて催促したり、外飼いの場合、飼育者が家から出て来なければいらいらしたり、などデメリットが多いことを強調している。

 当クラブとかかわりの深い秋田犬熟練者は、それとは異なる考えをもつ。「決まった時間にきちんと散歩(運動)をさせることで、秋田犬そのものが規則正しさや飼い主への忠誠心など、身につけることは多い。飼い主が、今は面倒だからとか、できないから、といった理由で日々まちまちな時間に散歩をさせていたら、犬そのものもだらけてしまって秋田犬本来の良さが失われる」と、熟練者は散歩を含めて犬と自分が規則正しい生活をするよう奨めている。

 実際に、熟練者が飼育する秋田犬はどのオーナーの所有であっても、散歩や運動の時刻が近づいてくると「時間だぞ。外へ出せ」と言わんばかりに吠えるようなことはせず、オーナーが犬舎から出してくれるのをゆったりと待ち、躍動的に道を闊歩する。

 全国の中には「うちの秋田犬は、そうじゃないよ」という方がいるかも知れないが、散歩だけが生活の一端ではなく、すべてにわたって秋田犬に向いた管理の仕方があり、散歩の時刻を急がず、あせらず待つ姿勢もその延長線上でオーナーがしつけたものといえよう。

 また、犬が撫でられるのを好まない部分の一つに「わき腹」を挙げている書籍も散見するが、個体差は多少あるにせよ、少なくとも当クラブとかかわりの深い熟練者の秋田犬はわき腹を撫でられても嫌がることはない。さらに、子犬のときに甘噛みをしたがる理由としてある書籍は、乳歯から永久歯に生え変わる過程で「歯のむずがゆさ」を抑えるために、ということと、それ以上に好奇心旺盛なため、と書いている。

 しかし、秋田犬熟練者は唯一最大の理由として歯の生え変わり期を挙げており、「好奇心から」と説明するベテランは皆無に等しい。もし「好奇心から」だとすれば、歯の生え変わり期以前から甘噛みをするはずであるが、甘噛みが顕著にみられる時期が歯の生え変わり時期とほぼ符合することからすれば、歯茎がむずがゆいがために自分でも何とかしたい気持ちの表れとして、何かを噛んでいたい、と考えるのがむしろ妥当であろう。とはいえ、個々によって多少ばらつきはあり、生後40日前後でも甘噛みをしたがる子犬もいないではないが……。いずにせよ、犬の書籍を読むと、「これは秋田犬には合致しない」と思える部分が少なからず見つかる。

 当地のある秋田犬大家は、かつて言った。「秋田犬の専門書は、ないに等しい。元気なうちに書き残したいのだが」と。だが、その方の手で専門書が世に出ることはもはや、ない。病に倒れ、2013年、帰らぬ人となった。

 正統派の秋田犬飼育のありようを秋田犬ファンの皆さんに少しでも伝えようと、当クラブのホームページでは参考にしていただけそうな内容を掲載してきたつもりである。しかし、その集大成となる一冊の本、つまり秋田犬飼育の「虎の巻」が秋田犬発祥地のここ大館から世に出る可能性は、前述の理由でもはやない。

 もしそれが世に出されていたら、秋田犬の正しい飼い方が確実に次世代へと受け継がれたろう。秋田犬の"生き字引"による体系的な本が、歴史に残されぬこと。秋田犬界にとってまぎれもなく損失のはずだが、それを憂慮するベテランには、お目にかかったことがない。それぞれの飼育者が「自分の飼い方が一番正しい」と考えていることが、背景にある。

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