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秋田犬の価値と志

 「優れた秋田犬は、日本で大切に飼育すべきだと思うんですよ。最近は何でも外国に売ってしまう。だから、良い秋田犬が日本からどんどんいなくなるんです」。残念そうな口で、ある人がいった。確かに、一理あろう。その影響で、秋田犬展覧会の最高峰に位置付けられる本部展には欧州の一部やロシアなどから、日本で購入した秋田犬で参戦して1席をもぎ取るケースも、かつては考えられなかった傾向として出始めている。

 無論それは、資金力に物をいわせて外国人が高値で買い取った犬たちで、いずれもすでに日本人の手で本部展1席を獲得している。つまり、すでに"勲章"を持っている犬を引き連れて外国人が日本の大会に乗り込んでくるわけだが、これはある意味、本部展の国際化が進んでいく予兆ととらえていいのかも知れない。

 国際化で脳裏をよぎるのは、大相撲や柔道、剣道など、日本固有のものとされていたスポーツ、武道のこと。日本のお家芸だった柔道などはとうの昔に「世界の柔道」となり、階級によっては国際大会で日本人が頂点に立つのもむずかしくなっている。剣道も然りで、個人はまだ日本が強さを堅持しているものの、団体戦は韓国などが日本と鎬(しのぎ)を削る台頭ぶりだ。

 そして、最も分かりやすいのは大相撲。日本人力士から横綱が出なくなって久しいし、横綱白鵬や日馬富士、鶴竜、そして恐い存在になってきた大関照ノ富士などモンゴル勢から日本人力士はなかなか白星を奪えない。外国人力士の優勝に拍手を送りながらも、優勝から遠ざかっている日本人力士たちを不甲斐ないと思う大相撲ファンも全国には数多くいるのではないか。これらは、国際化によって流れが変わってしまった一例であろう。

 今はまだほんの小さな潮流でしかないが、高齢化に伴うベテラン飼育者の引退や後継者が育っていない実情、さらには海外での秋田犬飼育者の増加に伴い、秋田犬本部展にもさほど遠くない将来、国際化の波が押し寄せると予想される。つまりこれは、組織的に歯止めでもかけない限り、優れた秋田犬は今後も海外へ多数流出するのは避けられないということでもある。

 「秋田犬もまた、鎖国であっていいはずはない」。これがハチ公クラブの考え方である。狭い土俵で競い合っても所詮ドングリの背比べにすぎず、「もっともっと秋田犬のレベルを上げていかなくてはならない」という意識を日本人がもつためには、秋田犬をさらに「インターナショナル」な存在にすべきと考える。つまり、大相撲などと同様、秋田犬の"土俵"も日本と外国が設置琢磨すべきと考えるが、いかがだろうか。

 当クラブが海外に秋田犬を送り出して15年近い歳月(2015年現在)が流れたが、徹底してきたのは「優れた秋田犬以外は絶対に出さない」ということ。当然、冒頭の「優れた秋田犬は、日本で大切に飼育すべきだと思うんですよ」という考え方とは完全に逆行する。

 では、低レベルの秋田犬を海外に送り出したと仮定しよう。外国の秋田犬飼育者のほとんどはかなり勉強熱心で、研究心も旺盛だ。そうした人らに"恥ずかしい"水準の秋田犬を送り出したら、最初は気づかなくてもいずれは「日本からひどい秋田犬を売りつけられた」となり、その批判はさほどの時を経ずして世界中の秋田犬ファンに広がる。つまり、優れた秋田犬を送り出すことだけが日本が誇る秋田犬の価値を世界に鼓舞できるのであり、送り出す側に少しでも妥協があれば、それは秋田犬の価値を地に貶(おとし)めることに直結する。

 当クラブは1年を通じて数多くの外国人とやり取りをしているが、幾度も"キャッチボール"を重ねた末、ほんの一握りの人にしか秋田犬を送り出さない。「この人は、真に秋田犬の価値を理解しているのか否か。そして、秋田犬の価値を貶めない人か否か」。その視点で、徹底的に送り出す相手を選ぶ。「高額で買ってくれるんだから、外国人にどんどん売ればいいじゃないか」という人も、周囲にはいる。だが、自分たちの利益のためではなく、日本の大切な宝たる天然記念物秋田犬のために、送り出す側にとって大切なのは志ではないだろうか。「秋田犬を日本と世界の交流の懸け橋にする」という志こそが唯一無二のもので、それがなければ大切な秋田犬を送り出す意味はないと考える。

 当クラブから迎えた外国の皆さんの少なからずが、その国の全国大会で優勝し、吉報を届けてくれる。それもまた、双方の信頼感に根ざした「交流」であろう。当クラブはこれからも、志とともに優れた秋田犬だけを送り出す。

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