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「ゆめ」の母

 秋田県大館市で産声をあげた赤毛のメス「ゆめ」が、ロシアのプーチン大統領のもとへ旅立ち、2015年11月で約3年4カ月が過ぎた。大統領が直接手をかけて育てたのか、世話係がいるのかは定かではないものの、齢3歳7カ月の立派な秋田犬に成長したことだろう。

 このコラムでは、母犬の優姫号を取り上げてみたい。全国のベテラン犬舎の少なからずが知っているであろう有名犬万次郎号を父に、何頭もの優秀犬を世に送り出した昴(スバル)号を母に持つ優姫は、東北北海道総支部展上位入賞という成績より、「ゆめの母」として知られる。とはいえ、「世界で最も影響力のある人物」3年連続1位(2015年現在)のプーチン大統領のもとで暮らすゆめに比べれば、母優姫は無名に等しい。

 最近、久方ぶりに優姫と対面した。ややうつろな表情で犬舎内に座り込むその姿は、心なしか元気がない。8歳ぐらいか、と思いたくなるほど老いた印象。「まだ5歳だ。もともと老け顔だし」と、オーナーの畠山正二氏が半ば苦笑いとともに言った。

 優姫が経験した育児は、幾度となく困難を極めた。出産後にいくつかの乳首が異常に大きくなるため、まともな乳首を獲得できずに命を落とす子が、出産のたびに複数出る。ゆめもまた、かろうじて生き残った1頭だ。

 畠山氏が、ぽつりとつぶやく。「優姫の死に水は取るが、もう子は取らない」。展覧会に半生をかけるベテランは、大切な犬でさえもみずからの犬舎で最期を看取らない例が少なくない。秋田犬発祥地の当地大館市でも、ベテラン犬舎が愛犬が晩年を迎えるまで手元に置いた話はあまり聞かない。

 「手塩にかけて育てた犬の最期を看取るのはつらい。だから、元気なうちに別の犬舎に託す」と、飼育歴数十年のベテランが話していたことがある。都合のいい理屈に聞こえなくもないが、それもまた考え方なのだろうし、家族の一員として最期まで生活をともにする一般の秋田犬飼育者と異なるところだ。

 5歳の若さですでに交配をあきらめたにもかかわらず、畠山氏が晩年まで優姫をそばに置こうとするには理由がある。優姫を手放してしまうと、ゆめとの絆の"生命線"が絶たれる。つまり、手の届かぬ所にいるゆめと、優姫を通じて精神的にかかわっていたいのである。「今でもたまに記者などが取材に来るし、優姫がいないことには」とも言った。

  下の写真をご覧いただきたい。これは、2014年11月に優姫の最後の子育ての様子を、当クラブが撮影したものである。7頭ほど生まれたが、4頭が優姫自身と畠山氏の献身的な世話で何とか生き延びた。ゆめの弟、妹たちがこの世に生を受けることは、もうない。

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