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近親交配のモラル

 このコーナーでは、近親交配とそれに伴う弊害の一例に少し触れてみましょう。近親交配は、基本的に人間の意思によって行われるわけですから、犬に限らず人間が飼育、管理する多くの生き物に存在します。近親交配の目的は、おおむね一つに絞られるでしょう。突出して優れたものを作り出したいというのが主たる目的ですが、"芸術的""天才的"なものが産まれ出る可能性はごくごく稀で、ほとんどの場合、まったく期待外れな結果に甘んじなくてはなりません。

 秋田犬の近親交配は父、母双方の血統を熟知した高い技術と経験に裏打ちされた交配と、勘に頼る一発勝負型の交配とに大別されます。前者は許される範疇の近親交配にとどめるのに対し、後者はいかに血が濃い交配であろうとさほど気にしません。例えば、高い技術に裏打ちされた近親交配には祖父、祖母との交配、叔父(伯父)、叔母(伯母)との交配、異母兄妹(姉弟)同士の交配といった血縁交配があります。これは近親でもかなり緩く、双方が優れていればより優秀な子が生まれる可能性を秘めています。とはいえ、これもただやればいいというものではなく、血統を十分理解していなくてはなりません。

 これに対して後者は、俗に言う「親子がけ」などが平気で行われます。ここまで血が濃い近親交配をする秋田犬オーナーは全国にはそれほど多くはないようですが、ある特定の人々は何のためらいもなく続けています。大抵の場合、飛びぬけた1頭を作り出すために他を犠牲にしてもやむなしとする考え方で、中には多重近親という例すらあります。著しい近親交配の結果、秋田犬の歴史に名を残す犬が突然変異的に生まれているのも、厳然たる事実です。前述の特定の人々は、そこに"一発"を賭けているわけです。

 そうした著しく血が濃い近親交配によって出る危険性がある"負の産物"の一つに、癲癇(てんかん)があります。癲癇は人間だけではなく、犬、猫、馬など多種類の動物にみられる先天性の病気です。誰の眼にも分かるような癲癇症状を示す動物もいますし、分かりにくい動物もいます。犬の中でも秋田犬は見分けにくい部類に入りますが、見識の深いオーナーは生後数10日の子犬を一見しただけで見抜きます。反面、子犬を譲渡した側も迎え入れた側もまったく気づかない、というケースもあります。

 無論、癲癇の秋田犬など滅多に出てくるわけではありませんが、当地の大ベテランによる判別の仕方を参考までに紹介しましょう。仮に数頭のきょうだいたちがいるとします。これらは生後数10日の子犬たちですが、きわめて低い確率で癲癇の子が含まれていた場合、その子は頭の動きが微妙に不安定です。素人目には、また、たとえそれが長い歳月でも漫然と秋田犬を飼育してきた人に違いは分かりません。

 癲癇の子を抱き上げて耳の入り口に鼻を近づけてみると、明らかに健全なきょうだいたちと違う匂い、いわば臭さがあります。これは癲癇の子が耳の中から発する特有の異臭、とのことです。癲癇の子は、月日を重ねるごとに「張子の虎」のように首を不自然にふらふらさせていきます。この段階に至っても、素人目には判別がつきにくいです。見識に富む熟練者らはこの状態を見て、「張子」などと表現します。つまり、「この犬は癲癇持ちだ」と言っているわけです。多くの犬種に共通すると推察されますが、泡を吹いてひっくり返る症状が表れる例もあります。

 そして、生後3-4年以上生きている例はほとんどない、というのが前述の大ベテランの見解です。ほかにも著しい近親交配による弊害はいくつかありますが、ここでは癲癇にのみとどめておきます。著しい近親交配だからといって必ず癲癇の子が産まれるわけではなく、あくまで「その可能性が出てくる」とのレベルで論じていますので、誤解のないようにしてください。また、顕著な近親交配を原因としない場合でも、癲癇を持って産まれる例は皆無ではありません。

 いずれにせよ、近親交配は高い交配技術を持つ人だけが、許される範疇で行うのが秋田犬繁殖者としての鉄則かつモラルで、常軌を逸した近親交配は悲しい結末を招くだけと心得るべきでしょう。優れたものを作り出すためにいかなる交配をしてもいい、ということでは決してないはずです。何が"種の保存"の理にかなっていて何がかなっていないのか、繁殖者はモラルを念頭に置きつつ新たな命を作り出していく必要があるのではないでしょうか。 

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