PUPPIES3.JPG - 16,775BYTES
展覧会・1席獲りのむずかしさ

 すばらしい血統の秋田犬なら展覧会で1席を獲得できると考える新オーナーの方を、時おりみかけます。本当にすばらしい血統の秋田犬を所有すれば、チャンピオンになれるのか。答えは「ノー」です。それだけでは1席など期待できません。最も大きな理由は「素人さんでは勝てない」ということです。それほど難易度が高くない支部の展覧会では、犬の仕上がり次第によっては可能かも知れません。しかし、きわめてハイレベルな支部の展覧会はもとより、総支部展、そして本部展で1席を獲得するのは暗闇で針に糸を通すほど難しいのです。

 父、母とも名誉章の、これ以上の血統はないという名門の子でも素人の出場では、1席受賞は至難の技です。そもそもハンドラー技術が違います。そして、ふだんの管理が素人と、プロを含む長年の熟練者とではまったく異なります。一例を挙げると、当クラブから旅立った子犬でも、少なからずが室内で飼育されています。本来、秋田犬は外の暮らしが似合うのですが、家族の一員としてともに生活をする分には室内犬として飼育されても問題はありません。しかし、展覧会に出陳するとなると"致命的"です。

 室内で暮らすということは、基本的に冷暖房がある程度完備された中で生活するわけですから、秋田犬にとっても「至れり尽くせり」の環境です。これに対して、外で飼育されている犬は四季の変化に応じて毛の長さが変わり、常に環境に適応した毛の状態が要求されます。秋田犬に限らず、外で暮らす犬種にとって、毛の変化は本来あるべき生活環境です。室内で暮らす秋田犬は、そうした毛の調節が必要なくなるため、いわば「毛が詰まった」「毛吹きが悪い」状態になります。つまり、同じ犬種であっても外で暮らしている犬より日常的に毛が短いわけです。展覧会では、「短毛」は大きな減点になります。

 では、すばらしい血統、そして外で暮らす、これらの条件を満たしていれば、初めての出陳者や経験の浅いオーナーでも展覧会で1席を獲得できるのでしょうか。答えは「不可能ではないかも知れないが、やはり難しい」といわざるを得ません。プロではないものの展覧会に人並み以上の情熱を注いできた熟練者、そしてプロのハンドラーの存在があるからです。

 プロのハンドラーに少し触れてみましょう。例えば、名誉章を獲った母親から同じ日に生まれた子犬2頭がいるとします。どちらもすばらしい素質を備え、展覧会に出陳すれば双方1歩も譲らぬ激戦を展開すると予想されるとしましょう。しかし、誰の手に渡ったかによって展覧会に出陳する前から勝敗はついています。一方が、新たに秋田犬を飼育し始めた素人さん、一方がプロの秋田犬管理者に月々の委託料を支払って飼育を任せている富裕なオーナー。プロの秋田犬管理者は、その人自身が富裕なお客さんに子犬を販売した方である場合が少なくないほか、プロのハンドラーである場合は多いです。

 プロのハンドラーの恐るべきところは、その犬が生来持っているほんのささいな欠点ですら、審査員に気をそらさせる技術を持っている点です。つまりは、その犬のすばらしさのみを審査員にアピールする優れた技術を持っていることになります。素人さんには、この技術がまったくありません。

 また、展覧会場でほかの犬たちと肩を並べている最中、素人は常に自分の犬を良く見せようと終始犬を緊張した状態に追い込んでしまいますが、プロのハンドラーは審査員が自分のところへ来た時だけ最高の状態で審査員にアピールし、審査時以外は犬をリラックスさせる方法を心得ています。素人が綱を持つ犬は常に緊張下に置かれているため、審査員が来た時は犬もややダレてしまっていますが、プロのハンドラーの場合はそのようなことがありません。ダレているとシャキっとしているでは、勝敗は歴然としています。

 かつプロのハンドラーは、1席以下は許されない宿命を背負っている、といっても過言ではありません。極端にいうと、1席を獲らなければ委託オーナーの信用を失い、著しく評価が下がります。つまり「素人さんには絶対に負けられない」のです。言い換えれば、1席を獲って当然の犬で参戦し、なおかつ最高のハンドラー技術を駆使するわけですから、素人さんではとても歯が立たないことがおわかりでしょう。プロのハンドラーによって本部展で1席を獲った犬は、"戦い"の直後に0が6個の金額で取引されることも珍しくありません。ハイレベルな技術ですので、1回あたりのハンドラー料が数10万円というケースもごく普通です。

 前述のように、プロのハンドラーはほんのささいない欠点を審査員の目に触れさせない技術を会得していますが、大ベテランの審査員ともなると、それすらも見抜きます。プロのハンドラーの犬の審査を終えて隣りの犬を審査しながら審査用紙に記載しているふうを装いつつ、再度プロとその犬を一瞥します。いくらプロのハンドラーであれ、審査員が通り過ぎると気を抜いて「この欠点、審査員に悟られなかっただろうか」という目で欠点に目を投じることがあります。熟練審査員は、そこを見逃しません。いわば、双方極限のせめぎ合いを繰り広げているのです。展覧会は、ただ秋田犬を並べて優劣をつけているのではなく、そうしたさまざまな"ドラマ"が繰り広げられていることを知りながら見物すると、これまでとは異なる趣きで展覧会を楽しめるのではないでしょうか。

※このコーナーは、かつて「鬼の審査員」として鳴らした方からの取材に基づいて掲載しており、その方の貴重な経験やアドバイスをもとに構築しております。

HOME