生命誕生と母性
このコーナーでは、子犬誕生の様子を秋田犬ファンの皆さんに、数枚の写真でご紹介したい。犬舎の前にどっしりと腰を据えたオーナーが「もうすぐだ」と言った矢先、唐突に陣痛の兆候が表れた。ふだんは半畳分ほどで暮らしているが、出産と育児用の空間を確保し、1畳分となったスペースで生命の誕生が始まった。荒い息づかいとともに、犬舎内をぐるぐると歩き出し、ワンと一吠えして鮮血とともにぽとりと最初の子を産み落とした。おごそかな"儀式"を思わせる感動的な光景である。
産み落とした半透明の袋を母犬はすぐさま歯で破り、きれいに飲み込んだ。母犬がこの袋を
噛み破ってやらなければ、やがて子犬は窒息死する。産声をあげるためにしてやるべき、大切な作業だ。
何頭か産み進むうち、まだ続く陣痛の傷みと疲労で、母犬は一時、袋を破るのにてこずった。
オーナーが慣れた手つきで、代わりに破ってやる。信頼しきっているのだろう。
オーナーの手元とわが子を、母犬はじっと見つめていた。
わが子の臍(へそ)の緒を切ってやる。誰に教わったのでもない。これが母性というものであろう。
産まれて間もない子。まだ残っている臍の緒の一部は、いずれ取れてなくなる。
ふんわりとした母の脚は、さしずめ柔らかなベッドだ。
オーナーが生まれた子の性別を確認するために持ち上げようとすると、
「ちょっと待って。今、切るところだから」とでも言いたげに、
母犬はわが子の臍の緒を口に含んでいた。
子犬たちの父親は、1枚の板で遮られた"隣室"で誕生を見守った。
産みの苦しみなど知るはずもないが、その表情はどこか心配げだ。
出産もそろそろ大詰め。最初の子を産み落としてから2時間が経とうとしていた。
疲労と痛みは、ピークに達している。彼女の"大仕事"が終わったのは、午後7時前。
全員無事に誕生し、「さあ、祝杯だ」とオーナーが言った矢先のこと。
疲労しきっていた母犬は、気が朦朧(もうろう)としていたのだろう。
1頭が体の下で窒息していたのに、彼女は気づかなかった。子犬はぴくりともせず、息をしていない。
オーナーはこの半世紀の間に、数え切れぬほど同じ経験をしてきたに違いない。
ぐったりとした子犬の体を持ち上げ、人口呼吸を始めた。小さな体の両脇を一定のリズムで押し続ける。
1分ほどして子犬の口が大きく開き、再び閉じた。だが、まだ身動きはしない。
子犬は呼吸したのではなく、単に肺に空気が送られてその反動で口が開いただけなのか。
必ず助けてやる……。オーナーの手の動きは、執念のようなものを感じさせる。
2分ほど経ち、また、子犬の口が大きく開き、今度は微かに脚が動いた。
体全体が躍動し、キューっと声を出した。
「もう大丈夫だ。気づくのにあと10秒遅ければ、助けられなかった」
オーナーは、ぽつりと言った。
誕生の翌日。濡れていた毛は、きれいに乾いている。
お乳をいっぱいもらったのか、子犬たちは前日よりも大きくなっていた。
「どれもいい出来だ」と、オーナーが胸を張るほどの子たち。
1頭、1頭を優しく見下ろす母犬の眼は、母性に富んでいる。
その中には、九死に一生を得た子の元気な姿もあった。 |