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生まれいずる命
 


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 「今夜は徹夜だ」。陣痛が始まった老犬を気遣いつつ、齢(よわい)80に届こうとする老オーナーは、傍らに立つ夫人に言った。最初の命が胎内から姿を現したのは、夜8時前。犬舎内には、たっぷりと藁を敷き詰めている。

 オーナー夫妻と8年半をともにしてきた母犬。これほどの高齢で子を産ませるなど、秋田犬とともに半世紀を生きてきたこのオーナーにしかできぬ技である。いや、母体を傷めないために惜しみない愛情を注いできたがゆえの技であろう。

 母犬の名は伏せるが、「この犬が本部展名誉章を取らずに、誰が取る」と周囲が口を揃えるほどの犬だ。「栄誉に興味はない。良い犬を作りたいだけ」と老オーナーは返す。

 3頭の子が元気に生まれた。「無事に出産を終えたとき、妻と祝杯をあげるんだよ」。全国で話題を呼んだ民放制作ドキュメント番組で、老オーナーはそう言っていた。

 「お疲れさん」と、今度もまた夫婦はグラスを合わせた。「母犬にもご苦労さんと言おう」。この世に生を受けた子達に、かいがいしく乳を与える母犬への愛おしさで夫婦の心は満たされていた。