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秋田犬の未来

 環境省は脊椎動物編を手始めに、1991年から「レッドデータブック」を出版してきた。国内に生息または生育する野生生物について、生物学的観点から個々の種の絶滅危険度を評価。その上で絶滅の恐れのある種を選定し、「レッドリスト」として掲載している。地球温暖化なども背景にあり、日本のみならず世界中で絶滅危惧種、絶滅種はここ数年で加速度的に増えたと推察される。

 では、犬や猫などに代表される、人間が飼育している動物は、絶滅の危機にさらされることはあるのだろうか。「天然記念物秋田犬が絶滅の危機にある」という論じ方が、とみに目立ってきた。秋田犬発祥地、かつ忠犬ハチ公の生まれ故郷である秋田県大館市から秋田犬に関する情報を世界に発信するとともに、優れた素質の子犬たちを国内外に旅立たせてきた当クラブもこの問題は無視できない。

 人間に依存していない野生動物は人類が何らかの手を差し伸べない限り、危機に瀕している種から順次絶滅していくリスクは高い。しかし、人間の暮らしとともにある、つまり、人間の手厚い保護を受けながら生きているペットに代表される動物は、何らかの理由で数が少なくなることはあれ、絶滅はあり得まい。秋田犬も例外ではなかろう。秋田犬が野生動物なら別だが、人間の暮らしとともにある限り、絶滅することはない。

 にもかかわらず、なぜこれほどまでに秋田犬は絶滅を危惧されているのだろうか。じりじりと減り続けているのが、当然のことながら背景にある。秋田犬団体に登録されている頭数は、最も多かった1972年の4万6,000頭余から、2011年現在は5%前後まで減少。約40年という歳月に対する長短の感覚は人によっていくぶん異なるものの、いずれにせよ著しい減少ぶりであることに違いはない。

 ならば、いかなる理由で激減したのであろうか。当然、いくつかの背景が存在する。ひとつは、年とともに高まる洋犬ブーム。ここ大館市ですら、右を見ても左を見ても洋犬あるいは雑種のオンパレードで、よほどのツテでもない限り、秋田犬にお目にかかることはできない。本場ですらそうなのだから、全国は推して知るべしであろう。

 無論、洋犬や雑種の飼育者を責める理由はどこにもない。それぞれが好きな犬種と暮らす。当然のことである。秋田県知事や大館市長は秋田犬が好き、という話はこれまで1度も聞いたことがない。といって、「あなたたちは秋田県の顔、大館市の顔なのだから、せめて秋田犬を飼ったらどうですか」などと勧められるものでもない。

 数年前、当時秋田犬団体の要職にあった大館市議と、冗談混じりに交わした会話。「市が毎月飼料相当分の助成をすれば、秋田犬を飼育しようと思い立つ市民は増えるだろうか」「無理だろう。飼いたくない人は、おカネをもらったって飼いたくなるとは思えない」。発展性のない話ながら、これが現実であろう。

 さらに思いあたる理由は、秋田犬の世界を支えてきたベテランたちの高齢化に伴う交配の減少と引退。そして、秋田犬を引き継ぐ若い世代が本場の大館市はもとより、全国的に育っていないという厳然たる事実。ベテランたちはあくまで展覧会を念頭に置く、いわゆるマニアックな人々で、ペットとしてのみ秋田犬を飼育する人とは根本的に異なる。それぞれに深い見識と飼育技術を持っており、これを一般の飼育者に伝承していくとは、弟子入りして教えを乞うなどよほどのことでもない限り、考えられない。実は、洋犬が好まれている以上に、高齢化と後継者不足の問題の方が深刻なのではないか。農業の実態と何ら変わらない。

 ここ大館でも、秋田犬界を牽引している80歳を超えたある大ベテランが引退すれば、「ハチ公の古里大館」はやがて形骸化し、ほかのベテランたちも気力が萎えて引退していく。県や市がこうしたベテランたちに手を差し伸べるなど、期待すべくもない。秋田県以外でも後継者をどう育成するかは急務で、日本で秋田犬が盛り返していくか否か、つまり秋田犬の浮沈はその1点にかかわっているといえよう。

 一方で論じられている「秋田犬は海外で増えている」については、本当にそう断じ切れるのか。海外での飼育者は所詮微々たる数なほか、飼育者たちが知識や正統的、伝統的な飼育技術をきちんと習得しているかといえば、いささか心もとない。

 求められるのは、いかにして秋田犬のすばらしさを日本国内で理解してもらい、日本で増やしていくか、である。「日本がだめなら海外」は、いかにも安易だ。かつ、「日本より欧州、米国など海外の方が土地が広いので、秋田犬に合っている」などという問題でもない。日本特有の風土が、秋田犬を秋田犬らしく育んできたことを忘れてはなるまい。

 ところで、1993年に文化庁は秋田犬団体に対して本部展を中止させた経緯がある。同団体は、暴力団関係者の排除など綱紀粛正をはかり、数年の後、本部展の再開にこぎつけた。その際、1万数千人いた会員を大幅に減らし、これに伴って秋田犬そのものも先細り傾向を強めていったと考えられる。そして現在の会員数は2,000人台。むしろ団体に属していない秋田犬飼育者の方が、会員数を上回るのではないか。

 そうした実情を鑑みると、前述のとおり秋田犬が絶滅することはないとはいえ、秋田犬団体を含む組織に属さずに家族の一員としてのみ秋田犬を飼育する全国の人々こそが、これから秋田犬の未来を支えていくのかも知れない。

 秋田犬が「天然記念物」から「特別天然記念物」へと希少価値の度合いを増せば、一般人は飼育できなくなり、国またはそれに準ずる専門機関が厳重に管理して細々と種の保存をはからざるを得なくなる。秋田犬が社会から忘れ去られる存在にならぬよう、全国の秋田犬関係者にとっては、今が正念場であろう。

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