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人を「人」と呼び、犬を「犬」と呼ぶ。当然のことであり、犬を「犬」と呼ぶからといって蔑んでいるものでもなく、犬は犬以上ではなく、それ以下でもない。が、最近は犬について別の言い回しが一般化し、時代の流れを感じさせる。 「ワンちゃん」。地元空港から全国に秋田犬を空輸する手続きの際、航空貨物取扱所の職員は必ず、「(乗せるのは)ワンちゃんですね?」と確認する。「犬ですね?」とは言わず「ワンちゃん」。こちらも、(秋田犬にワンちゃんはなあ……)と毎度思い、「そうです。ワンちゃんです」と言うことはなく、「秋田犬の子です」と返す。 また、散歩の途中、「いいワンちゃんですね。秋田犬ですか?」などと行き交う人に声をかけられた飼育者も多いのではないか。芸能人が、飼育している犬や猫とともに出演する公共放送のある番組でも、アナウンサーが「ワンちゃんのお名前は何といいますか?」などと訊ねる。 このように、今では他人の犬に対して「犬」と表現するのは憚(はばか)られ、「ワンちゃん」と呼んであげないと申し訳なく思えるほどだ。 しかし、秋田犬界のベテランの会話、とりわけ当地でのやり取りは"昔気質"で、むしろほっとする。「この犬の仕上がりはまずまずだ。春の大会サ、出れるんでねぇべが(春の大会に出れるんじゃないだろうか)」「んだなぁ。この犬のあんべぇだば(調子ならば)、春の大会サ、もって行げるがも知れねぇ」といった具合。 威風堂々の秋田犬を前にして「このワンちゃんの仕上がりはまずまずだ」「このワンちゃんのあんべぇだば」などと、ベテランらが口にするとは考えにくい。こうしたやり取りに接すると、「秋田犬に『ワンちゃん』は、やっぱり似つかわしくないよなあ」と思う。 ただ、ここで誤解していただきたくないのは、「犬はワンちゃんではなく『犬』と呼ぶべき」と述べているのではなく、冒頭にもあるように「ワンちゃん」という表現は「時代の流れを感じさせる」ということである。 猫の場合も「猫」と"呼び捨て"ではなく、「猫ちゃん」と言うのをたびたび聞く。いわば敬称を付することによって単なる「犬」「猫」ではなく、人間にとってより深く身近な存在という意味が込められているのかも知れない。 といって、犬、猫以外のペットに「ちゃん」が付けられているかと言えば、そうでもない。「インコちゃん」「鶏ちゃん」「鳩ちゃん」「カブトムシちゃん」「亀ちゃん」などの表現が"市民権"を得ているとは思えない。つまり、犬と猫は敬称を付されるほどの"地位"を確立している、との見方もできるのではないか。 たとえ秋田犬でも、"勝負"の世界ではなく家族の一員として暮らしていれば「うちのワンちゃんは」と普通に言うであろうし、ある種、そこには「わが子」に等しい響きがある。さらに「ワンちゃん」が浸透し、「犬」は単なる学術的な呼称になる"時代"が、遠くない将来、来るのかも知れない。
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