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ハチ公の古里、そして秋田犬の発祥地たる秋田県大館市ですら、秋田犬飼育の後継者不足にあえいでいる。しかし、これは当地に限ったことではなく、全国的な問題ではないだろうか。 毎年5月3日に大館市で開かれる春季の本部展覧会には、ベテランたちが全国制覇を目指して意気揚々と乗り込んでくる。出陳者の家族はもとより国内外から見物客が詰めかけ、何とも華やかだ。そうした光景を毎年目にしつつ、ある心配が心をよぎる。このベテランたちに、後を継いでくれる人はいるのかと。「一握り」という推察は、恐らく外れてはいまい。少なくとも会場地の大館市では、「息子が後を継いでくれる」と語るベテランは1人もいない。そして彼らは、そろって高齢。つまり、いずれ秋田犬の世界から姿を消す人々なのである。 秋田県内のある地域で最近、こんなことがあった。「おれは、後は継がない。親父もそろそろ、秋田犬をやめたらどうだ」。この一言からすれば、「何て冷たい息子だ」と思うかも知れない。確かに父は息子に失意をいだいただろうが、息子も父を思ってのことだろう。父は80代半ば。複数の持病で通院し、周囲の犬仲間に「あの人は最近、ぼけてきたんじゃないか」とささやかれるほど、記憶力も極度に落ちてきた。 「あす来てくれと言うから1時間もかけて行ったのに、家にいなかった。2時間待った挙句、戻ってきたら『来るの、きょうだったか?』と言われたのには参った。明らかに認知症だ」と話す犬仲間すらいる。そうした父の今後を憂慮し、秋田犬飼育を断念するよう息子は進言した、と想像できる。両親が暮らしやすいようにと、家を全面リフォームした親思いの性格であることからすれば、その推察は外れていないだろう。 しかし、父は周囲に「今はまだ無理だが、息子はいずれ後継者になってくれる」と常々話していた。父にとってそれは、誇りでもあったろう。両親と息子夫婦はそれぞれ別に居を構えており、仕事や家族構成などから現状では後を継げないことを父も承知していた。しかし、「おれは、後は継がない」と、頭上から斧を振り下ろすにも似た一言。秋田犬団体の支部役職を辞してしまったことからしても、息子の一言で秋田犬への熱意が完全に失せてしまったのが見て取れる。 息子は、時おり実家を訪れ、数頭いる秋田犬の散歩をよく手伝っていた。展覧会場では、父の所有犬のハンドラーを買って出ることもあった。幼少のころから秋田犬と暮らしてきた息子の姿に、父は「こいつはいつかおれの後を継いでくれる」と信じていたに違いない。「息子を審査員にしたい」とも聴いたことがある。しかし、そうした願いは何一つかなわぬばかりか、最も大切にしていた秋田犬も息を引き取った。それらすべてが重なりあい、半世紀以上の秋田犬人生と訣別したのであろう。 「あの人がやめたのなら、いずれ、おれもやめる」と話す飼育者がいた。飼育歴は10年程度だが、前述の大ベテランから秋田犬飼育のイロハを学んだ。その人にも、後継者はいない。影響を受けるのはその人だけではなく、羅針盤を失った古船のごとく、地元の熟練者たちが年を重ねるにつれて1人、また1人と沈んでいくのは疑いの余地がない。 後継者不足。もはや抗えぬほどの深刻さで、「何が正統派の秋田犬か」を未来に伝えていくことができなくなる危惧すらある。秋田犬団体が組織的に飼育者の拡大に本腰を入れぬ限り、立ちはだかる現実を乗り越える手立てはない。
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