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愛犬を供とせず

 かつて秋田犬は、猟犬として主人の供(とも)をしていた。「マタギ」と呼ばれるクマ専門の猟師などは代表的な例で、主を護るためにクマと対峙したこともあったろう。今でこそ猟犬として活躍する機会はほとんどないが、山菜採りなどで入山した際に秋田犬が供をしてくれると、これほど心強いことはない。

 大館市内のあるベテランなどは「数頭の秋田犬を引き連れて入山したら、徒党を組んだ野犬たちが眼前に突然現れた。秋田犬たちが、それらを駆逐してくれなかったら間違いなく自分は死んでいた」と数十年前の鮮烈な経験を語る。山林に入る際、秋田犬は頼もしい存在で、彼らを供にできる人々は幸運と呼べるのではないか。

 「秋田犬を連れて行ったら、安心じゃないですか。その方がいいですよ」。秋田県北部のベテラン飼育者に、2、3度そう"進言"した記憶がある。しかし、頑固な性分の彼はそっけなく言い放った。「いらねぇ。足絡みなる」。「足絡み」とは典型的な秋田弁で、「邪魔」という意味に等しい。つまり、「いらない。邪魔になる」。入山時にはダニを含むいろいろな物が体に付着する可能性があるため、それを落としてやるのも面倒、という意味合いのことも口にしていた。

 秋田犬展覧会最高峰の「名誉章」犬を誕生させたこともあるそのベテランは、常時5頭前後の秋田犬と暮らしている。6月から7月上旬ごろにかけて彼は毎年、近隣の山や林に入り、タケノコを採る。「かって知ったるオラが山」の意識が強いらしく、そうしたうぬぼれに満ちた高齢者が遭難をまねくことを知らない。事実、山菜採りによる圧倒的多くが、己自身への過信を背景とする遭難事例だ。2012年現在、彼は74歳。

 同年7月2日、秋田県鹿角市の山林にタケノコを採りに入った彼は、不覚にも行方不明者となった。鹿角署の発表によると、彼は友人と2人で同日正午ごろに入山。落ち合う場所に2時間半経っても戻らず、友人が警察に通報した。署員ら4人が捜索にあたった結果、入山場所から3.5キロほど離れた国道で午後8時半ごろ、保護したという。

 長年の入山経験からかろうじて自力下山できたものの、それほど遅い時間帯に保護されたとなれば肝を冷やしたどころか、命を落とす恐怖すら感じたに違いない。まして、鹿角近辺を含む県内では上半期(1-6月)だけで2001年以降の同期間の平均(77.6件)の2倍を超える169件のクマ目撃情報が警察に寄せられている中、クマに遭遇しなかったのも幸運だった。

 もし彼が、愛犬の中の1頭でも連れて入山していたら、そもそも遭難騒ぎを起こすこともなかったはずだ。しかし、なかなか忠告に耳を傾けない人柄。今回の"騒ぎ"を教訓とすることなく、来シーズンもまた愛犬たちを犬舎に残したまま入山するのであろう。周囲の人らに、多大な心配と迷惑をかけたにもかかわらず。 

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