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他犬種同様秋田犬の場合も、オーナーがみずからの犬舎で生まれた子犬を販売するケースが、最近は全国的に増えている。秋田犬の普及を図る意味では、それ自体は歓迎すべきことかも知れない。だが、一方でさまざまな問題が生じている。むしろ由々しき状況になりつつあるといっていい。関東のある飼育者は、先に近隣のオーナーから購入した秋田犬にまったく満足できず、保健所に処分を依頼した上で、「本当の秋田犬を飼いたい」と、新たに秋田犬発祥地での購入を望んだ。 そこには大きな問題が2つある。まず、繁殖者はなぜ、購入者が満足できない犬を販売したのか。「購入の時点で客が気に入ったから、それでいいではないか」では済まされない。売るなら売るで、迎え入れる家庭に心から愛される秋田犬だけを厳選しなくてはならない。それが、秋田犬を送り出す者の義務だ。 さらに1点は、購入した側の問題である。なぜ、みずから迎え入れた子を処分するのか。その行いに賛同する人は、恐らくいまい。「ちょっと満足いかないけど、先に迎え入れた子も大事にしよう。その上で、もう1頭、立派な秋田犬がほしい」というのなら理解できる。実際にはそうではない。新たに犬を迎え入れた本人は満足でも、命を奪われた犬はうかばれない。 こんな事例もあった。秋田犬団体の支部の紹介で、関東のあるオーナーから子犬を購入することにし、直接受け取りに行ったという。可愛らしいので購入を決めたが、一定の月数になっても体重が軽く、体格も標準より小さい。標準の体格に至らない血統であることを繁殖者が購入者に説明せずに売ったわけだが、問題なのは次の点である。「秋田犬の飼育についていろいろ聞きたいことがあって、売ってくれた人に電話をするのだが、どうも面倒くさがって教えてくれない。結局、質問するのをやめた」と購入者はいった。 繁殖者は、購入者の疑問、質問に対して間髪を入れず回答できるだけの知識や飼育技術、そして誠意があって初めてみずからの犬舎で生まれた子を送り出す資格がある。何も知らないなら、あるいは教えるのが面倒なら、期待に胸を膨らませて秋田犬を迎え入れようとする家庭に犬を売る資格などないのではないか。ほかの犬種ならともかく、日本犬で最初に天然記念物に指定された秋田犬をファンの皆さんに迎え入れていただくのだから、真摯な姿勢で送り出すのが本当の「秋田犬飼い」ではなかろうか。 もう一つ事例を紹介しよう。本部展で最高の位置づけにある名誉章を受章した犬の子を購入した人のケース。これも繁殖者に大きな問題がある。「この子は、すばらしい血統だけど展覧会には使えないよ」と、売る時点で説明してやらなくてはならない。どれほどすばらしい受賞歴のある親をもつ子でも、生まれた時点で、きょうだい同士のランクがある。 例えば、5頭出産したとすれば、出来栄えによって1番から5番目までの順位がつくか、最上位タイ、最下位タイといった同等の場合もあるなど、すばらしい親から生まれた子でも展覧会という視点で考えると明確に優劣がつく。「この子は出来が一番下だからペット用だよ」といった説明がまったくないと、購入者は「この子の親は名誉章だから、この子もすばらしい成績をあげる」と誤認し、実際に展覧会に出陳して失望する。そうしたことを、何も説明せずに「いい血統だよ」と片付けるだけで売る繁殖者は少なくない。 秋田犬の販売者の全国的増加に伴い、前述のような悪い話ばかりが耳に飛び込んでくる。誠意をもって納得のいく秋田犬だけを送り出せば、トラブルや不満など生じるはずなどないのだが。極めつけの事例は、秋田犬とハスキーとのミックスらしき犬を「純粋な秋田犬」と偽って販売した他県のケース。こんな話を聞かされると、秋田犬発祥地である当地から優れた秋田犬を全国に送り出す取り組み、秋田犬のイメージアップのためにしている取り組みは何なのか、と心底情けなくなる。 「相手は素人だから、この程度の犬でよかろう」ではなく、繁殖者は「心から喜んでもらえるはず」と自信の持てる子を送り出すべきだ。そうすれば、秋田犬のイメージは高まり、ファンも増える。また、秋田犬を初めて飼育する人は、ノーハウについていろいろ知りたいと願う。そうした人々の質問に自信を持って答えられないなら、秋田犬を無責任に販売すべきではない。「うちの犬が子を産んだから、ネットで売ろう」では、あまりにも安直すぎる。秋田犬を送り出すことへの責任を、忘れてはならないのではないか。 「ハチ公の古里から100%満足できる秋田犬を迎え入れたお陰で、散歩中幾人にも声をかけられたり、誉められたりするんですよ」。そんなお便りを多くの方々からいただくと、すばらしい素質に恵まれた秋田犬だけを送り出すことにこだわり続けている当クラブの取り組みは決して間違っていない、と確信する。とても奥の深い秋田犬を、「売りさえすればそれでいい」などとは、とんでもない話である。 秋田犬のイメージを損ねているのは、秋田犬を「おカネ」とのみ受けとめて販売する少数の繁殖者で、多くは真摯な姿勢で秋田犬を送り出しているオーナーであろう。しかし、ごく少数のいい加減な行いが結果的に秋田犬のイメージを大きく損ねる。秋田犬を新たな家庭へと送り出すオーナーは、常に「うちの最高の子」の旅立ちを心がけたいものである。 |