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秋田犬はどこにいる

 秋田犬発祥地かつ忠犬ハチ公の生まれ故郷、秋田県大館市に所在する当クラブは、秋田犬を取り巻く現状について、コラムなどをとおして時おり厳しい見解を述べている。その内容を苦々しく思う秋田犬団体関係者、行政関係者もおろう。しかし、地元から警鐘を鳴らす者が皆無に等しい以上、秋田犬社会を、そして発祥地を少しでも良くしていくために、誰かが問題点を炙(あぶ)り出していかなくてはならないと考えるが、それは誤りだろうか。

 地元に秋田犬の絶対数が加速度的に減少し、こと大館に至っては秋田犬の散歩風景などほとんど目にすることができないにもかかわらず、市は秋田犬で観光客を呼び込もうと躍起になっている。佐竹敬久知事は秋田犬を「お犬様」と呼び、県も億単位の予算を貼り付けている。

 秋田県内は秋田犬で「盛り上がっている」ように報じられている。が、実情は行政が「舞い上がっている」にすぎない。「動物園に足を運ばなければ貴重な動物を見ることができない」と同じレベルで秋田犬がいないにもかかわらず、「展示秋田犬」を仕立てあげて国内外から観光客を呼び込もうとする姿勢。秋田犬発祥地、大館市ではこの問題を誰も深刻視していない。ゆえに、今コラムではこの問題について警鐘を鳴らしたい。

 公共放送の秋田局が県内の人口減少をシリーズ化した特集の中で、人口減少を背景に発祥地の大館市で秋田犬がいなくなっている、と報じた。的外れに、苦笑せざるを得なかった。秋田犬の姿を大館市でほとんど見ることができない主因として、無理やり人口減少と結びつけようとする視点のブレに、何でもありの民放ならともかく、それでも公共放送かと言いたくなる。

 市が公表した大館市の2019年3月1日現在人口は7万2,436人。今後数十人の増加すらあり得ないが、大館市の人口が仮に1万人増えたとしよう。それほどの人口増があったとしても、市と秋田犬団体の地元支部がよほど強力なスクラムを組んでテコ入れをしない限り、秋田犬飼育者の増加などほとんど見込めまい。

 人口だけで論じるなら、東京都が良い見本だ。一極集中の東京は、全国計の人口が減少に転じた現在ですら増加し続けている。それに伴い、秋田犬飼育者が目立った増加を示しているかといえば、否である。

 都内で秋田犬を飼育している知人が、秋田犬団体の支部展を見物し、落胆を隠しきれずにいた。「出陳頭数も、見物客もとても少ない。東京は人であふれているのだから、支部展も大盛況と期待していたが、とんだ当て外れ」と。東京ですら、そうなのである。にもかかわらず、公共放送秋田局は「大館に秋田犬がいなくなった=人口減少」などと、なぜ大上段から振りかぶって報じることができたのか。民放以上に公共性が強い放送媒体に、視聴者は一目を置く。公共放送の誤った報道、見解にも「そうか、大館で秋田犬を見られない原因は人口減なんだ」と信じ込んでしまう。そこに、恐さがある。

 大館市に限らず秋田県内では全県的に秋田犬が減少の一途をたどる危機的状況の中、先細りの最大要因はベテラン繁殖者らの高齢化に伴う引退と、後継者が皆無に等しいという点である。公共放送秋田局は老人がぽつんと1人、秋田犬と散歩をしている寂寞とした光景も映し出してはいたが、真に炙り出すべき姿は数十年の秋田犬人生の中で数多くの秋田犬を世に送り出してきたベテラン繁殖者の実像である。

 "秋田犬の生き字引"と称しても過言ではない、大館で最も貴重な重鎮らがこの数年で複数姿を消した。残ったベテランは、きわめて少数だ。すでに80歳前後の職人気質の彼らが引退または世を去ることで、新たな秋田犬の命は生まれない。結果、秋田犬がいない、に直結している。これに後継者皆無という"致命的要素"が加わる。

 さらに、大館もチワワなどに代表される小型洋犬やミックス(雑種を含む)への志向性が全国的傾向と同様に強く、秋田犬の飼育など眼中にないようにさえ見える。それもまた、秋田犬が増えない主因の1つだが、当然といえば当然である。「カワイイ〜」と言いつつ、多くの犬好きはヌイグルミ感覚で手っ取り早く飼える小型犬に目が向き、腹をくくらないと飼育できない大型犬の代表格、秋田犬と暮らすモチベーションには至らない。

 大館市は数年前、秋田犬団体と共同で「秋田犬オーナー制度」を創設した。同団体の会員犬舎で産声をあげた子犬のオーナーになってもらうのが取り組みの趣旨。餌代などを負担する代わりに、オーナーはインターネットで子犬の成長を見守る。

 これと対比できるのが「緑のオーナー制度」。大館は日本三大美林の1つ、秋田杉の産地である。育成中の秋田杉について国とオーナーが契約を結び、伐採した杉の収益を分け合う制度。秋田犬オーナー制度は緑のオーナー制度の秋田犬版ともいえそうだが、応分の負担を求めるにもかかわらず、緑のオーナー制度のようなハード面での実利性は皆無である。ネット上で秋田犬の成長を見守るだけのことに、いかほどの人が魅力を感じるだろうか。それによって秋田犬は微増するかも知れないが、「何もしないよりはマシ」の付け焼刃にすぎない。

  そして、「秋田犬ふれあい隊」(地域おこし協力隊)。県外を中心とする数人の女性が大館に移り住んで何頭かの秋田犬の世話をし、定期的にふれあいの機会などを設け、ネット上で日々の様子を発信している。裏を返せば、地元から後継者がまったく育たないため、地元以外の人を頼みの綱にせざるを得ない切羽詰まった実情を如実に示している。

 彼女らが大館に骨を埋める覚悟なら、いささかなりとも意義はあろう。しかし、所詮"大館人"にはなり得ず、いずれこの地を去る。とどのつまり、秋田犬を"よその人"に世話してもらい、それをアピールするのは何もしないよりマシ、のレベルにすぎず、地元での秋田犬増につながるとは到底考えられない。彼女らが大館を去った後も、引き続き苦肉の策で外から募るであろうことも察しがつく。

 今、最も求められるのは、消えゆくベテラン繁殖者たちの後継ぎを"大館人"の中から1人でも多く増やしていくことだ。そのための施策の1つに、新たな飼育希望者に飼育費を助成する取り組みが挙げられ、実際に着手しているものの、成果をあげているようには見えない。

 本題に話を戻す。秋田犬減少の主因は、人口減少にあらず。前述のいくつかの要因が絡み合いながら、現在の状況に至っている。行政が本質を見誤ると、市民の血税に基づく施策が意味をなさないものになる。付け焼き刃で仕立て上げた展示犬などではなく、秋田犬のいない秋田犬の里を根本から立て直す。それをなさない限り、秋田犬のいない秋田犬の里にあの手この手で観光客を呼び込んだところで、笑われるだけである。

 議会や団体など組織としての"問題提起"がない限り腰を上げないのが連綿と続く大館市の体質であり、それこそが市のキャッチコピー「大館というところ。」を具現化している。「臭いものに蓋を」とばかりに本質的な問題を棚上げし、「秋田犬で観光客を呼び込め」と舞い上がっている現状を戒める市民が、1人でも多く現れることを願うばかりである。  (2019年3月1日:内容更新)

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