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毎年5月3日に秋田犬発祥地、そして忠犬ハチ公の生まれ故郷、秋田県大館市を会場とする「春の本部展」。この"舞台"で日本一の座を射止めることはベテランを中心とする出陳者らの最高の誉であり、見物客も国内外から数多く訪れる。令和の世に入って最初となる本部展は第140回の節目を迎えるなど、長い歴史を誇るが、筆者が違和感を禁じ得ない点も少なくない。そこで今コラムでは、その中の1つを取り上げてみたい。 支部展、総支部展、本部展からなる秋田犬の展覧会は、どこまでが入賞なのか判然としない。社会通念上は「1席」が、スポーツ大会などでの「優勝」「1位」にあたる。そして、2席、3席が準優勝、3位となり、成犬の部の「特優」が総合上位ランキング、さらに「名誉章」は総合優勝の中でも野球界などで言う「殿堂入り」に匹敵する。それからすると、秋田犬展覧会の場合、いわゆる3席までが入賞という印象を受ける。 ただ、スポーツなどの大会と明らかに異なるのは、いわゆる「ビリ」順位に至るまで全出陳犬の序列(順位)が会場で即座に、審査員とアナウンスによって明らかにされる点だ。例えば、本部展のある部門に20頭出陳したとする。最初に上位2、3頭が審査員によってコールされ、さらに続々と番号が呼ばれ、最後に20番目、最下位の番号が声高らかに会場内に響く。 自信を持って本部展に臨んだにもかかわらず、「あなたの犬はここに並んでいる犬たちの中でビリっけつですよ。普通なら出さんでしょう、そんな犬」と言わんばかりの最下位コール。各部門最下位で呼ばれた出陳者、ハンドラーのやるせない表情を筆者は毎年見てきた。なお悪いことに、序列が最終確定するまで長い時になると数分間にわたって、出陳犬とともにその場に立ち尽くしていなければならない。1,000人を超えるであろうギャラリーの好奇な視線を総身に受けながら、最下位のレッテルを貼られた出陳者、ハンドラーはいたたまれぬほどの恥ずかしい思いとともに一刻も早くこの場を立ち去りたいと願う。 第140回本部展でも、こんな光景があった。最下位コールをされたあるハンドラーが、憮然とした表情で犬を連れたまま何も告げず審査場を去った。ほどなくして、「〇〇番は棄権です」とのアナウンスが会場に響き渡った。彼の心中は痛いほど判る。「自分なりに努力をして最高の仕上がりで挑んだのに、20頭近くもいるこの部門でなぜオレの犬がビリなんだよ」。そう叫びたかっであろう。いわば、最下位コールというシチュエーションは公然とした辱めだ。 また、本部展開催当日に犬仲間らが「おお、良い犬だね。今回は上位に食い込めるんじゃないか」と異口同音に褒め讃えられた犬が、いざ審査の蓋を開けてみると、最下位は何とか免れたものの、ビリから2番目。最下位とさして変わらない序列に、出陳者は肩を落とした。そして筆者に、こう訴えた。「今回こそは、上位でコールされる自信があったんだ。しかし、審査員はオレの犬の前を素通りした程度で、じっくりと見てもくれない。どういうことだよ」。 話は逸れるが、筆者が生前「師」とあおいだ先人は、全国の審査員から「先生」と呼ばれたほど、厳しい審査をすることで知られた。試験問題を作成するなど、審査員になるための試験にも深くかかわっていた。その彼が、筆者に遺した言葉がある。「今の審査員は不勉強だ。多くの秋田犬をみずから進んで見て歩き、勉強しなくてはならないのに、それを怠っている」と。 そうした状況は連綿と続き、とりわけ本部展では全国のベテランたちから「なんなんだよ、あの序列は。審査員は、ちゃんと犬、見てんのかよ。上位に入る犬は、初めから決まってんじゃねえのか」などという、審査結果に納得できない不満が毎回くすぶる。実際、納得のいかない序列をつけられ、その場で棄権してしまうケースも後を絶たない。中には「やってらんねえ、展覧会に出すのはもうやめたよ」と、話す人もいた。 事実、筆者が会場で「あの犬は上位に食い込むだろう」と予想しても、ごく普通に後方序列につけられ、逆に「なんであれが、3席以内?」と疑問を呈したい犬でも上位でコールされたりする。筆者自身も前述の先人から10年にわたって「どの点をどういうふうに審査すべきか」を学んだが、今の審査員らはどこをどう評価して優劣をつけているのか、理解に苦しむことが多い。審査結果に出陳者全員が納得することはあり得ないにしても、同意を得られない結果が将来的にも続出するようでは、やがて本部展も出陳頭数が減り続けている支部展のように衰退の道をたどることになろう。今は「秋田犬人気」に支えられ、何とか持ちこたえているが……。 話を戻す。多くの観衆の前で、出陳者を辱めるべきではない。最下位コールなど、愚の骨頂だ。スポーツの大会などのように6席(6位)までを入賞として会場で発表し、それ以下の序列はマイクで高らかに読み上げたりせずに、「入賞以外の方は大会本部で序列をご確認ください」といった案内をすべきではないか。そうすることで、ビリをはじめ下位につけられた出陳者、ハンドラーらは少なくとも会場では恥ずかしい思いをせずに済むし、「次回はもっと上を目指して、がんばろう」という気になる人もいよう。 ただ、一定枠を入賞とする方法は本部展でしか通用しない。例えば、支部展などは各部門に1頭しか出ない、最悪出陳皆無、つまり競争の原理が働かないこともごく普通にあり得るため、そもそも入賞枠を設けることができない。総支部展も似たり寄ったりで、1つの部門への出陳頭数が入賞枠未満ということがあり、そうなるとすべて入賞させなくてはならなくなる。つまり、本部展だけは入賞枠を定め、入賞者(出陳番号)をコールするのが可能だということだ。 「展覧会の本来の目的は『親睦と融和』だから、展覧会結果はさして重要ではない。だから、審査結果は会場であまねく公表する」と言ってはばからない役員もいるだろうが、全出陳者に気持ちよく参加し帰ってもらうのも「親睦と融和」の精神に合致する。会場をぎっしりと取り巻く見物客の面前で「あなたの犬はビリ」コールをされる人の気持ちになって、大会運営のあり方を見直すべきであろう。 (令和元年5月16日掲載)
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