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残念の極みの犬

 「秋田犬の価値と志」と題する先のコラムでは、海外の秋田犬愛好家に対して当クラブは一貫して優れた犬しか送り出さない、とする考え方やその理由などに触れた。とはいえ、絶対に日本に置いておくべき、秋田犬界の至宝のごとき犬は厳然と存在する。今はまだ無名ながら、海外に出したくない犬であるにもかかわらず、「まんまと中国人に掠め取られた」と表現しても過言ではない1頭の赤メスを今コラムで取り上げてみたい。

 下の2枚の写真をご覧いただきたい。この赤メスは、2014年11月に秋田県北部のベテラン犬舎で産声をあげた。この犬の同胎(同じ母犬から同じ日に産まれたきょうだい)の1頭は、秋田犬との暮らしを長年夢みていた国内の秋田犬ファンに当クラブが生後50数日で送り出していた。

 写真の犬をじっくり見せてもらったのは、生後約3カ月が経ったころ。やんちゃ盛りの秋田犬を見て「総身に電流が走る」ほどの衝撃に見舞われたことは、さほど多くはない。が、その犬は明らかに違った。「この子は、将来が楽しみだ。だから、ずっと手元に置く」と作出者のA氏は言った。

 「この犬の顔は、ほかとはまったく違う。管理さえ失敗しなければ、必ず全国で頭を獲る」と筆者は返した。確かに、生後3カ月ではこれから先、よくなっていくのか、落ちていくのか、予想もつかない。どう転ぶのか分からないのが秋田犬で、読めないからこそ、全国のベテランたちは幾多の失敗を重ねながら全国優勝たる本部展1席、そして最高の栄冠「名誉章」の獲得に情熱を傾ける。

 その犬は、支部展の「幼稚犬」に出陳したところ、「すばらしい顔をしている」と審査員に激賞された。そうした中、A氏から筆者に電話が入ったのは、生後5カ月を過ぎたあたり。A氏は言った。「あの犬を手放そうと思う」。耳を疑った。「あれほどの犬は、めったに作り出せるものじゃない。なぜ、手放すのか」と質す。犬が増えてきて管理が大変だから、と応えた。「なら、あの犬を残してほかを手放したらいいじゃないか。あの犬の価値を、あなた自身が一番よく知っているはずだ」と返す。

 そして、筆者はひとつの提案をした。生後6カ月目で再度見せてもらいたい。眼に強烈な強さを秘めたあの顔を保ち続け、体高などいくつかの条件で問題なければ自分が迎える。A氏にそう伝え、6カ月目に撮影したのが下の写真である。息を飲むほど美しい犬に成長していた。最も衝撃的なのは、まだ生後6カ月にもかかわらず、名誉章を獲得した犬のごとく、強烈なオーラを全身から発している点だった。

 当クラブは、年間を通じて多くの外国人とやり取りをしている。その中で、赤のメスがほしいという中国人業者に、この犬は絶対に送り出すことはできないと念押しした上で、下の写真と血統書を見せた。無論、日本にはこれほどすばらしい秋田犬がいることを伝えたかったがゆえである。

 「その犬をぜひ売ってほしい」という切望に対し、「この犬は売れないと申し上げたはずです」とあらためて断ったが、血統書を見せたのが"仇(あだ)"になった。日本人ならあきらめるところを、いかなる手段を講じても必ず手に入れる中国人の気質を甘くみていた。

 撮影から2週間ほどして、その犬を2、3日後に迎えに行くと伝えようとしていた矢先、A氏から連絡が入った。「中国人に売ってしまった」。日ごろ世話になっていて「頭の上がらない人」が中に入ったため、断れなかったという。件(くだん)の中国人は馴染みの日本人業者を通じ、血統書に記載された所有者名を手がかりに、まんまと掠め取っていったのである。

 いかにも多くの中国人業者がやりそうなアンフェアなやり口だが、何が何でも手に入れる中国人らの執念にはいつもながら恐れ入る。ただ、悔やまれるのはあの犬は日本にいてこそ価値を最大限に高め、良血を脈々とつなげられるのであって、秋田犬の歴史がきわめて浅く、ノーハウに乏しい中国ではどう転んでも無理だという点。推察の域を出ないが、中国であの犬は秋田犬の価値も理解し得ない金持ちの、番犬として暮らしていることだろう。残念の極み、である。

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